
浄土真宗でも大切にされている『仏説観無量寿経』という経典があります。
その「序文」では、「大舎城の悲劇」という王宮での悲劇が説かれております。
「大舎城の悲劇」に登場する、韋提希という苦悩を抱えた女性が、お釈迦さまが法をお説きになるための機縁となってくださいました。
この「大舎城の悲劇」は決して単なる物語ではありません。
いつ苦悩に沈んでしまうかわからない。
そんな現実を生きている、
今を生きる私たちのすがたが説かれているように味わうことができます。
ここでその内容をシェア致します。
【大舎城の悲劇】わかりやすい書き下し文を掲載します
王舎大城にひとりの太子あり、阿闍世と名づく。調達(提婆達多)悪友の教に随順して、父の王頻婆娑羅を収執し、幽閉して七重の室内に置き、もろもろの群臣を制して、ひとりも往くことを得ざらしむ。国の大夫人あり、韋提希と名づく。大王を恭敬し、澡浴清浄にして、酥蜜をもつてに和してもつてその身に塗り、もろもろの瓔珞のなかに蒲桃の漿を盛れて、ひそかにもつて王にたてまつる。その時に、大王を食し漿を飲んで、水を求めて口を漱ぐ。口を漱ぎをはりて合掌恭敬し、耆闍崛山に向かひ、はるかに世尊を礼してこの言をなさく、「大目連はこれわが親友なり。願はくは慈悲を興して、われに八戒を授けたまへ」と。時に目連、鷹・隼の飛ぶがごとくして、疾く王の所に至る。日々にかくのごとくして、王に八戒を授く。世尊また、尊者富楼那を遣はして王のために法を説かしめたまふ。かくのごときの時のあひだに三七日を経たり。王、蜜を食し法を聞くことを得るがゆゑに顔色和悦なり。
時に阿闍世、守門のものに問はく、「父の王、いまになほ存在せりや」と。時に守門の人まうさく、「大王、国の大夫人、身に蜜を塗り、瓔珞に漿を盛れて、もつて王にたてまつる。沙門目連および富楼那、空より来りて王のために法を説く。禁制すべからず」と。時に阿闍世、この語を聞きをはりて、その母を怒りていはく、「わが母はこれ賊なり。賊と伴なればなり。沙門は悪人なり。幻惑の呪術をもつて、この悪王をして多日死せざらしむ」と。すなはち利剣を執りて、その母を害せんと欲す。時にひとりの臣あり。名を月光といふ。聡明にして多智なり。および耆婆と王のために礼をなしてまうさく、「大王、臣聞く、〈毘陀論経〉に説かく、〈劫初よりこのかたもろもろの悪王ありて、国位を貪るがゆゑにその父を殺害せること一万八千なり〉と。いまだかつて無道に母を害することあるを聞かず。王いまこの殺逆の事をなさば、刹利種を汚さん。臣聞くに忍びず。これ栴陀羅なり。よろしくここに住すべからず」と。時にふたりの大臣、この語を説きをはりて、手をもつて剣を按へて却行して退く。時に阿闍世、驚怖し惶懼して耆婆に告げていはく、「なんぢわがためにせざるや」と。耆婆まうさく、「大王、つつしんで母を害することなかれ」と。王、この語を聞き、懺悔して救けんことを求む。すなはち剣を捨て、止まりて母を害せず。内官に勅語し深宮に閉置して、また出さしめず。
時に韋提希、幽閉せられをはりて愁憂憔悴す。はるかに耆闍崛山に向かひて、仏のために礼をなしてこの言をなさく、「如来世尊、在昔の時、つねに阿難を遣はし来らしめて、われを慰問したまひき。われいま愁憂す。世尊は威重にして、見たてまつることを得るに由なし。願はくは目連と尊者阿難を遣はして、われとあひ見えしめたまへ」と。この語をなしをはりて悲泣雨涙して、はるかに仏に向かひて礼したてまつる。いまだ頭を挙げざるあひだに、その時世尊、耆闍崛山にましまして、韋提希の心の所念を知ろしめして、すなはち大目連および阿難に勅して、空より来らしめ、仏、耆闍崛山より没して王宮に出でたまふ。時に韋提希、礼しをはりて頭を挙げ、世尊釈迦牟尼仏を見たてまつる。身は紫金色にして百宝の蓮華に坐したまへり。目連は左に侍り、阿難は右にあり。釈・梵・護世の諸天、虚空のなかにありて、あまねく天華を雨らしてもつて供養したてまつる。時に韋提希、仏世尊を見たてまつりて、みづから瓔珞を絶ち、身を挙げて地に投げ、号泣して仏に向かひてまうさく、「世尊、われ宿、なんの罪ありてか、この悪子を生ずる。世尊また、なんらの因縁ましましてか、提婆達多とともに眷属たる。
やや、願はくは世尊、わがために広く憂悩なき処を説きたまへ。われまさに往生すべし。閻浮提の濁悪の世をば楽はざるなり。この濁悪の処は地獄・餓鬼・畜生盈満し、不善の聚多し。願はくは、われ未来に悪の声を聞かじ、悪人を見じ。いま世尊に向かひて、五体を地に投げ、哀れみを求めて懺悔す。やや、願はくは仏日、われに教へて清浄業処を観ぜしめたまへ」と。その時世尊、眉間の光を放ちたまふ。その光金色なり。あまねく十方無量の世界を照らし、還りて仏の頂に住まりて化して金の台となる。〔その形は〕須弥山のごとし。十方諸仏の浄妙の国土、みななかにおいて現ず。あるいは国土あり、七宝合成せり。また国土あり、もつぱらこれ蓮華なり。また国土あり、自在天宮のごとし。また国土あり、玻鏡のごとし。十方の国土、みななかにおいて現ず。かくのごときらの無量の諸仏の国土あり。厳顕にして観つべし。韋提希をして見せしめたまふ。時に韋提希、仏にまうしてまうさく、「世尊、このもろもろの仏土、また清浄にしてみな光明ありといへども、われいま極楽世界の阿弥陀仏の所に生ぜんことを楽ふ。やや、願はくは世尊、われに思惟を教へたまへ、われに正受を教へたまへ」と。
その時世尊、すなはち微笑したまふに、五色の光ありて仏の口より出づ。一々の光、頻婆娑羅の頂を照らす。その時大王、幽閉にありといへども心眼障なく、はるかに世尊を見たてまつりて頭面をもつて礼をなし、〔王の心は〕自然に増進して阿那含と成る。
その時世尊、韋提希に告げたまはく、「なんぢいま、知れりやいなや。阿弥陀仏、此を去ること遠からず。なんぢまさに繋念して、あきらかにかの国の浄業成じたまへるひとを観ずべし。われいまなんぢがために広くもろもろの譬へを説き、また未来世の一切凡夫の、浄業を修せんと欲はんものをして西方極楽国土に生ずることを得しめん。かの国に生ぜんと欲はんものは、まさに三福を修すべし。一つには父母に孝養し、師長に奉事し、慈心にして殺さず、十善業を修す。二つには三帰を受持し、衆戒を具足し、威儀を犯さず。三つには菩提心を発し、深く因果を信じ、大乗を読誦し、行者を勧進す。かくのごときの三事を名づけて浄業とす」と。仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢいま、知れりやいなや。この三種の業は、過去・未来・現在、三世の諸仏の浄業の正因なり」と。
仏、阿難および韋提希に告げたまはく、「あきらかに聴け、あきらかに聴け、よくこれを思念せよ。如来、いま未来世の一切衆生の、煩悩の賊のために害せらるるもののために、清浄の業を説かん。善いかな韋提希、快くこの事を問へり。阿難、なんぢまさに受持して、広く多衆のために仏語を宣説すべし。如来、いま韋提希および未来世の一切衆生を教へて西方極楽世界を観ぜしむ。仏力をもつてのゆゑに、まさにかの清浄の国土を見ること、明鏡を執りてみづから面像を見るがごとくなるを得べし。かの国土の極妙の楽事を見て、心歓喜するがゆゑに、時に応じてすなはち無生法忍を得ん」と。仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢはこれ凡夫なり。心想羸劣にしていまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。諸仏如来に異の方便ましまして、なんぢをして見ることを得しむ」と。時に韋提希、仏にまうしてまうさく、「世尊、わがごときは、いま仏力をもつてのゆゑにかの国土を見る。もし仏滅後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかんしてか、まさに阿弥陀仏の極楽世界を見たてまつるべき」と。
主となる登場人物
- 韋提希(イダイケ)
お釈迦さまが法を説くご縁となられた頻婆娑羅王の奥様 - 阿闍世(アジャセ)
韋提希の息子
- 頻婆娑羅王(ビンバシャラオウ)
韋提希の夫 - 提婆達多(ダイバダッタ)
阿闍世をそそのかした仏弟子 - 富楼那(フルナ)
仏弟子 - 目連(モクレン)
仏弟子
難しい名前の人物が登場しますので、わかりやすいよう、先に紹介しておきます。
【大舎城の悲劇】さらにわかりやすい現代語訳を掲載します
王舎城に阿闍世という王子がおりました。
阿闍世は、提婆達多という悪友にそそのかされ父である頻婆娑羅王を捕え、七重にかこまれた牢獄に閉じこめ、誰一人としてそこに近づくことを許しませんでした。
頻婆娑羅王を心配した韋提希は、自分の身体を洗いきよめて、小麦粉に酥蜜をまぜたものを塗り、胸飾りの一つ一つにぶどうの汁をつめて、ひそかに王に捧げておりました。頻婆娑羅王はこれを食べ、水で口をすすいでから、合掌して遠く山上のお釈迦さまに礼拝して、次のように申しあげました。
そして目連は毎日のように頻婆娑羅王に教えを説き続けました。お釈迦さまは弟子の富楼那もお遣わしになり頻婆娑羅王に教えを説かせられました。
こうして3週間経ちました。
その間、頻婆娑羅王は、韋提希の運ぶものを食べ、尊い教えを聞くことができたので、表情もおだやかでよろこびに満ちておりました。
そのころ、阿闍世が牢獄の門番に次のように尋ねました。
「父の頻婆娑羅王はまだ生きているか」
門番は次のように答えました。
「まだ生きております。毎日、韋提希夫人が小麦粉に酥蜜をまぜたものを塗り、胸飾りの一つ一つにぶどうの汁をつめて、ひそかに王に捧げておられます。それだけではなく、お釈迦さまの弟子である目連や富楼那が空から飛んできて教えを説いておられます。私共には制止することができません」
阿闍世王はこれを聞いて、母の韋提希に怒り言いました。
「母は罪人だ!罪人である父の味方をするのだから!仏弟子どもも悪人だ!あやしげな術を使って悪王である父を助け生かしておくとはもってのほかである!」
そして剣をとり、母の韋提希を殺害しようとしました。その時、大変聡明な月光という大臣が同僚の耆婆とともに阿闍世に一礼し、次のようにもうしました。
「阿闍世王様、わたしどもの聞くところでは、この世が始まって以来多くの悪王がいて、王になるために父を殺害したものが一万八千人にも及ぶそうです。しかし、母を殺害するという非道な行いをしたものは、一度も聞いたことがありません。それにも関わらず、母君を殺害なさるなら、それは王族の家柄を汚すことに他なりません!」
ふたりの大臣は、そのまま剣のつかに手をかけてじりじりと後ずさりしましたので、阿闍世は驚き、恐れをなして耆婆に言いました。
「お前はわたしの味方になってくれないのか?」
耆婆は申し上げました。
「阿闍世王さま、どうか母の韋提希を殺害するようなことだけはおやめになってください」
阿闍世は、この耆婆の言葉により自分の行いを悔いました。そしてふたりの大臣に許しを求め、母の韋提希を殺害することを思いとどまりました。しかし、宮中の役人に命じて、韋提希を王宮の奥深くに閉じこめで外へ出ることができないようにしました。
こうして閉じこめられた韋提希は、悲しみと憂いによってやつれ果て、遠く山上のお釈迦さま方に礼拝して、次のように申しあげました。
「世尊、あなたはいつも阿難尊者を遣わして私をいたわってくださいましたが、私は今深く憂いに沈んでおります。世尊をここにお迎えするなどということはあまりにも恐れ多いことでありますから、どうか目連尊者と阿難尊者をお遣わしになって、私に会わせてください」
韋提希はこう言い終わると、悲しみの涙を流しお釈迦さまの方に向かって礼拝しました。するとまだその頭をあげないうちに、お釈迦さまは韋提希の思いをお知りになり、ただちに目連と阿難のふたりに命じて王宮に飛んでいかせ、またご自身も王宮にお出ましになられました。
韋提希が礼拝を終えて頭をあげると、そこには釈尊のお姿がありました。そのお体は金色にまばゆく輝き、さまざまな宝でできた蓮の花の上にお座りになっており、左に目連、右に阿難がお付添になられております。そして、様々な神々が空から一面に天の花を降らしてお釈迦さまを供養しておられます。韋提希はこのお姿を仰ぎ見て、胸飾りを捨て、その足もとに身を投げ出して声をあげて泣きくずれ、お釈迦さまに向かって申しあげました。
「世尊、私はこれまでに何の罪があって、このような悪い子を生んだのでしょうか!世尊もどういった因縁があって、あのような提婆達多と親族でいらっしゃるのでしょうか!」
そして続けて、
「どうか世尊、私のために憂いも悩みもない世界をお教えください!この濁りきった悪い世界にはもういたいとは思いません!私はもう二度とこの世界で悪人の言葉を聞いたり、すがたを見たくありません!今、このように身を投げ出して礼拝し、哀れみを求めて懺悔いたします。どうか、このわたしに清らかな世界をお見せください!」
そして、お釈迦さまは韋提希にあらゆる仏さまの世界をお見せになられました。すると韋提希は、「あらゆる世界の中でも阿弥陀如来の極楽浄土に生まれたい」と願われましたので、極楽世界を観ずる修行をお説きになり、極楽世界に生まれるための修行をお説きになられたのでありました。
登場人物の気持ちに焦点を当てて味わってみます
「大舎城の悲劇」とは、今を生きる私たちの生活と決して別物ではありません。
誰もが、同じような苦悩を抱え、同じような欲望を抱きながら生活しております。
ここでは、「大舎城の悲劇」でも中心的な人物となる「阿闍世」、「韋提希」の気持ちに焦点を当てて、苦悩の世界を生きるすがたを改めて見つめ直してみましょう。
阿闍世(アジャセ)
「大舎城の悲劇」において、阿闍世は両親を殺そうとした悪人のように描かれております。
しかし、阿闍世の気持ちに焦点を当ててみますと、現代を生きる私たちのすがたと合致するものがあるように思えてなりません。
阿闍世はお釈迦さまの従兄弟である提婆達多にそそのかされて、王であり父親でもある頻婆娑羅王を牢屋に閉じ込めました。
今回は王という権力を得るための行動ですが、このようなことは、人間社会のどこでも存在しております。
「自分の地位確立のために、邪魔になる他者を外に追いやろうとする」
たったそれだけのことなんです。
そんなこと、珍しいことではありません。
「自分を認めていただくために、自分の価値を語っていくこと」も、どこでも当たり前のように起こっていることであります。
すべて自分の地位や名誉のための行動であります。
「自分の思い通りにしたい!」
それが人間が持ち前の気持ちであり、苦の根本となる要因であります。
しかし、阿闍世の行動は、世間的に見ればやり過ぎていました。
「思い通りにならないこともあるよなぁ」
そうやって耐えなければならない現実を歩むのが人生です。
しかし阿闍世の場合、耐えるのではなく、自分の思い通りにするために身内であろうと殺害しようとしました。
現代では、「自分勝手」と言います。
私自身をはじめとして、誰もが自分勝手になってしまうのがこの世界の現実であることを知らされます。
韋提希が頻婆娑羅王を助けようと、毎日、食事をさせていたことを、阿闍世はどう思ったのでしょうか?
「母である韋提希に裏切られた!!」
そう思ったでしょう。
それは、その後の韋提希への憎しんだ様子からも伝わってきます。
阿闍世の両親に裏切られた悲しみという気持ちも大切にしなければなりません。
現代、世間を騒がしている親子間の事件やニュースは、お互いが裏切っているという現実を知らされます。
そして、「思い通りにしたい」という私にも生じる気持ちが、恐ろしい行動を生む可能性があることを阿闍世のすがたより知らされるところであります。
韋提希(イダイケ)
「大舎城の悲劇」の中でも、韋提希さまはお釈迦さまが法を説く機縁になるという、最も重要な役割を担っておりました。
韋提希さまがお釈迦さまに法を説くことを求めたのは、「法を聞いてみたい」という簡単な気持ちではありませんでした。
生きていたら必ず沈んでしまうことがあるこの世界の苦悩の現実を知らされた時、お釈迦さまに向かって次のように思いのままを吐き出されました。
「私のために憂いも悩みもない世界をお教えください!この濁りきった悪い世界にはもういたいとは思いません!」
そのような韋提希さまの痛烈な叫び声が、時代を超えて届いてきているようであります。
ここで、お浄土を「憂悩なき処」と表現されております。
韋提希さまが知らされたこの世界の現実は、「憂悩なき処」の反対の意味でありますから、「憂いと悩みばかりの世界」であったのでしょう。
韋提希さまの気持ちを中心に「大舎城の悲劇」をよくよく味わってみますと、お釈迦さまに出遇うまで「憂いと悩み」(心配事や心の悩み)が途切れることはありませんでした。
- 息子によって夫が捕らえられてしまうという、家庭がバラバラになってしまう悲しみ。
- 夫を救うために、ご自身の息子にバレないようにしなければならないという悩み。
- 息子によって、自分自身が捕らえられるという苦しみ。
不条理なことばかりが起こり続けました。
世間では、「不幸」と表現されるのかも知れませんが、これがこの世界の現実であります。
韋提希さまは、そんな人生の現実と向き合い、「愁憂憔悴す」と表現されておりますように、苦悩の中にやつれ果ててしまいました。
私たちの人生もそうですよね。
「思い通りにならない」のが人生であります。
歯を食いしばって、耐えて生きなければならないのが人生であります。
しかし、韋提希さまはそのような人生の真っ只中を生きなければならない私の救われてゆく唯一つの道を、お釈迦さまのお説教により聞かせていただいたのです。
『仏説観無量寿経』の最後の方に次のように説かれております。
韋提希さまは、阿弥陀如来、観世音菩薩、大勢至菩薩を観ずることができ、よろこびに満ち溢れ、尊いことであると讃えられ、この上ないさとりを得ることができたのです。
つまり、「不幸」でしかない人生だったのが、お釈迦さまのお説教により、さとりを得るという「幸せ」の人生に転換されたのでした。
それほどの仏法を、今、当たり前のように聞かせていただける現実を恵まれているのが私たちなんです。
「大舎城の悲劇」とは、苦悩を抱える私たちが救われてゆくことを説かれていることがよくわかりますね。
「大舎城の悲劇」の登場人物は、私を救うためにあらわれた菩薩さま
親鸞聖人は、次のように詠まれております。
阿難・目連・富楼那・韋提
達多・闍王・頻婆娑羅
耆婆・月光・行雨等
大聖おのおのもろともに
凡愚底下のつみびとを
逆悪もらさぬ誓願に
方便引入せしめけり
「大舎城の悲劇」に登場するすべての方が、何をしでかすかわからない私を救うためにあらわれた方々でありました。
「どのような方であっても放っておかない」という阿弥陀如来のお誓いを信じる身とするためにあらわれた方々でありました。
「大舎城の悲劇」は、「今を生きる私のすくい」が説かれたお話でありました。